料理も無事終わり、私たちは調理室のとなりの食事スペースに料理が並べ、席に付いた。
2人ずつで向かい合わせになり、私からはリルグとセラが見える。
テーブルにはご飯にハンバーグにスープに秋刀魚。
何とも秋って感じの食欲を誘う光景だが、何かが足りない。
「お酒じゃないか?」
先ほどの混乱からようやく復帰したジルがまたにゅっと出てくる。
「あ、そうか。何かおかしいと思ってたんだよね。お肉と言えばやっぱり果実酒かなぁ。
いやいや、この前研究室で出来てた米から出来たお酒ってのも捨て難いし」
「晩御飯に普通にお酒が出てくるのが既におかしくないですか?」
「わかってないな少年A。お酒というものは一種のマジックアイテムなんだよ」
ちっちっち、と指を振るジェスチャをする。
「それは、次の日に朝起きられなくて、ミルミアさんに、
『死ぬ、一歩でも歩いたら死ぬ。寝返り打ったら2回は死ねる。
だから、今日だけは変わって、後生だから』って言わせるようなですか?」
「あ、それこの前聞いたね。
それで、ちょっと様子を見に行ったらドアの近くで倒れている女性の姿が、っていう怪談だっけ?」
「や、やめんか。夜歩くのが怖くなるだろうが」自分の身体を抱き、震えるジル。
「……実話だよ」
あの時は確かに、ドアを開けた誰かの足を掴んで水を催促したよ。
あれ、どうして目から透明な液体が。
何だか悲しくなったので、席を離れ自分でお酒を取りに行くことにする。
先ほど明かりを消したキッチンに戻ると、そのままで明かりは付いてはおらず、
調理をしている人は誰もいないようだった。
残っているのは私たちの料理の残り香と、さっきまで人がいたような感覚のみ。
隣の部屋に繋がるドアを閉めるとセラたちの賑やかな声が止んだ。
静かな、そして真っ暗な世界が目の前に広がる。
ぼーっと眺めていると、ふと、心が軋んだ。
人気がないキッチン、
立つべき人のいない台所。
冷たい床、冷たい空気。
冷える体、落ちる意識。
マズい。嫌なものを、思い浮かべた。
この先に待つのは……。
温かいもの、冷え逝くもの。
形あるなにか、壊れるなにか。
それは私の大切な――。
嫌だ、いやだ、かんがえたくない―――わたしは、もう。
意識が遠のき、平衡感覚がなくなっていく。
目の前の景色が黒で染められていく。
まるで、墨を私の目に流し込んだみたいに。
いくら意識を失うまいと、手放すまいと思っても強烈に、
意識は、刈り取られていく―――。 →次へ